http://snowdrop0202.oboroduki.com/ [Snow Drop]


振り払うはずだった手

ボクが手を伸ばして、守ろうとしたもの。
大切にしていたもの。
それは"神様"にあっけなく奪われた。
ああ、それならもう、過去だけを見よう。
新しい「大切」なんていらない。
この手は、振り払えばいい。
誰にも、捕まらない。捕まえない。
ボクはひとりでいよう。過去と共に。

--------------------------------------------------------

「撫子くーん、入りますよー?」

コンコン、と扉を叩いて部屋の主に意思を伝える。
普段はやらないが、何度も言われたので気まぐれでやっているだけだ。
返事は待たずにとりあえず目の前の白い扉を開ける。

「ちょっ、レイン!!
ノックしなさいって確かに言ったけれど、返事を待たなかったら意味がないでしょう?!」

彼女があたふたと慌てながらそんなことを言う。
まあ確かにそうだ、なんて思いながら、いつも通りに返す。

「ああ、ボクとしたことがすみませんー。
次からは気を付けますねー?」
「オメー、ぜってー反省してねーよな」

左手にはめたカエルくんがぎゃいぎゃいと騒いでいる。
彼がこんなことを言うのは毎度のことなので放っておくことにしよう。

「次からは、って…。それ何回言ってると思ってるの?」

少しばかりムッとしながら彼女が言う。
それがなんだかあの子に似てるな、と思って、けれどその思考はすぐに打ち消す。

「あははー、まあまあ、そんなに怒らないでくださいー。
今日はいいもの持ってきたんですよー?」

「なによ、レインの言う【いいもの】って、あてにならないわ。」
「ええー!それは酷いですよ撫子くんー!
君に喜んでもらおうと思って、ボク頑張ったんですよー?!」
「オメーが普段から胡散臭いことばっかしてるから悪いんだよ!ちったぁ反省しやがれ!!」
「………はあ。いったい何を持ってきたの?」
「そうこなくっちゃー。えーとですねー、これですよー。」

ポケットからごそごそと目的の【ソレ】を取り出す。
いつもいろんなものを無造作に入れているから、少しばかり時間がかかった。
やっと【ソレ】を見つけて、取り出して、手の上に乗せる。小さな小瓶だ。

「…?瓶?中身はなあに?」
「これはですねー、香水ですよー。
女の子は香りのいいものが好きですからねー、作ってみたんですよー。」
「…ふ、ふーん…」

興味のないようなそぶりを見せようとしているようだが、撫子はいかんせん顔に出やすいというか、感情がわかりやすい。
どうやら興味は持ってくれたようだ。

「今回はですねー、撫子くんに合わせてさっぱりめのモノにしたんですよー。
撫子くん、あんまり強い香りは好きじゃなさそうでしたのでー。
あ、少し嗅いでみますかー?」

はい、と彼女の掌に小瓶を乗せる。
きゅぽん、と少し間の抜けた音がして、ふたが外れ、あたりに香りが漂う。

「これ…なにかしら、なんだか懐かしいような香りがするわ。」
「そうですかー?気に入っていただけならなによりですー。」

どうやら自分が調合したものは彼女の趣味に合ったようだった。
まあ、このくらいならこの少女にゾッコンな上司にも怒られないだろう。

(…まあ、またちょっとめんどくさいことになるかもしれないですけどねー…)
「ああ、そうだわ、レイン。ちょっとこっちに来て。」
「? なんですかー?何かくれるとかですかー??」
「予想通りで申し訳ないけどその通りよ。はい、これ。」

彼女が差し出したのはクッキーだった。
暇だといってたびたび部屋の簡易キッチンを使っているから、それだろうか。
クッキーはとても甘い香りを漂わせていて、おいしそうで。

「わー、いつもありがとうございますー。」
「暇だから…ついでよ。」

でもボクは知っている。
これはボクだけのモノだってことを。
クッキー自体はキングもビショップも貰っているいることは知っていた。
でも、二人とは、少し違うモノ。
【ココロ】の形を表す、特別な形。
彼女はボクがそれに気が付いていないと思っているようだけれど。
けれど、ボクは彼女の気持ちには答えない。
ボクはひとりでいるから。
誰の手も取らないから。
振り払うから。

「ありがとうございますー。じゃあ、ボクはこのへんでー」
「あ…」

背中を向ける。
扉を開ける。
出ていく…はずだったのだけれど。
手を、温かな何かがつかむ。優しい温度。彼女の手。

「…どうしたんですかー?」

顔は向けない。向けたらいけない。
これは振り払う手だ。

「レインが……いいえ、なんでも、ないわ。」

振り払うはずの手だ。

「ごめんなさい。それじゃあ…」

ああ、手が、離れていく。
なぜだろうか、さみしい気がする。
そんなことを思って、なぜか手が、身体が、動いて、
彼女の手を握っていた。
彼女のことを引き寄せていた。
彼女のことを、抱きしめていた。
それは一瞬の出来事で、ボクはわけがわからなくて、

「ごめんなさい、」

ボクは、部屋を出て行った。

------ボクは何も掴まない。振り払う、そのはずだった。-----
レイ撫第二話。
■そのうち撫子視点を番外編でカキタイナーーー
お題:「群青三メートル手前」より